リーチがかかりました。宣言牌は一萬——横に曲げて置かれたのが、1や9といった端の牌だった。このとき土田プロは「あっ」と思っていただきたい、と言います。このリーチには、字牌が当たるのではないか。今回は、河(かわ)に残った違和感ひとつから危険牌を読む、宇宙の法則です。
1や9がリーチ宣言牌になったら、河をもう一度見る
土田プロが取り上げるのは、リーチ宣言牌が1か9だった局面です。ここで見るのは手牌ではなく河。河を見て違和感を抱けた方は、麻雀が結構お分かりになっている——そう前置きされます。
どこに違和感があるのか。端の牌を切ってから中の牌を整理していく、というのが組み合わせ作りの基本です。ところが例に挙がった河は、五萬が先に出ていて、最果ての一萬が最後にリーチ宣言牌になっている。順番が逆なのです。
違和感の正体——「整理の順番が逆」
順番が逆だということは、裏を返せば単純な話です。その人は、そこまで一萬を必要としていた。五萬よりも一萬のほうが大事な手だった——だから一萬が最後まで残り、最後に宣言牌として出てきた。
ではなぜ、1が最後まで必要だったのか。土田プロが挙げる典型は、一二二、あるいは一三三のような形で持っていたケースです。1のまわりに牌が寄り集まっていて、その塊が完成するまで1を手放せなかった。
パターン1——1の近くの牌と、字牌のシャンポン
一向聴からテンパイして、リーチ。このとき何が起きているか。多くの場合、1の隣、もしくは隣の隣の三萬あたりと、何かがシャンポンになっている——そして、その「何か」を期待してリーチをかけている。つまりもう一方の待ち牌が字牌だというわけです。
1が最後まで手にあった以上、1の近くには何かがあった。その近くにあったものが片方の対子で、もう片方が字牌の対子。これが「1・9切りリーチに字牌アリ」の一つ目の中身です。土田プロは、モデルケースとして、法則として覚えていただくにはぴったりだと話します。
パターン2——ドラドラの七対子
もう一つ、まったく違う経路で同じ結論に着く形があります。七対子です。
例に挙がるのは、ドラ表示牌が八筒——つまりドラが九筒で、その九筒を2枚持っている手。四萬四萬、五筒五筒、九筒九筒……と対子が並び、七対子になっていく。ここで注目されるのは河のほうです。第一打が八萬なのに、八筒や四索よりも九萬を大事に持ち続けていた。整理の仕方として、明らかに逆です。
七対子は「たまに見かける上がり方」ですが、河にヒントが出ることが多いと土田プロは言います。そして最後に1や9が宣言牌として出てくる。開けてみれば、待ちは場に1枚出ていた西のシャンポン——誰でも切りそうな字牌で待っていた、というオチです。
「作ってるから危なく見える」のではない
解説を見ていると、こう言いたくなる方がいるかもしれません——お前がそういう手を作っているから危なく見えるだけだろう、と。土田プロはそこを先回りして否定します。そうではなく、人は自然に上がりたいように手牌を整理する。ドラドラを持って七対子を狙う人は、上がりたいから上がりやすい形に寄せていく。その結果として、河にこの違和感が生まれるのです。
だから危険度の判断も変わります。場に1枚、ときには2枚出ている字牌ですら危ない。まして1枚も出ていない字牌なら、なおさら危ない——このリーチに対して字牌を切るのはやめておこうか、というのが結論です。
例外——セットで落ちてきた1は、話が別
ただし、同じ一萬切りリーチでも、危なくない形があります。それは二萬と一萬をセットで落としてきているリーチ。二萬・一萬と並べて切ってきたということは、三萬を欲しがる形を自分から嫌って手放したということで、一萬が字牌を連想させる並びにはならないのです。
牌にして1枚の違い、切り順にしてわずかな違いです。それでも「なぜここが逆なんだろう」と感じるかどうかで、読みの入口はまるで変わる。違和感を覚えたら、そこから字牌へ連想をつなげてほしい、というのが土田プロの言う「ピピピ」です。
まとめ:宣言牌が1か9なら、字牌を止める
- 合図 … リーチ宣言牌が1か9。まず河を見る
- 違和感 … 端より先に中の牌が切られている=整理の順番が逆
- 意味 … その人はそこまで1(9)を必要としていた。一二二・一三三のような形
- パターン1 … 1の近くの牌と字牌のシャンポン。字牌が当たり牌
- パターン2 … ドラドラの七対子。河に必ずヒントが出る
- 危険度 … 場に1〜2枚出ている字牌でも危ない
- 例外 … 1と2をセットで落としてきたリーチは、字牌を連想させない
河の違和感は、相手が「上がりたいように」打った跡です。跡が残るのなら、読める——法則としてしっかり頭の中に置いておけば、「えっ、こんなので当たるの」ということにはならないはずです、とのことでした。

